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東京地方裁判所 昭和58年(わ)2094号 判決 1983年9月30日

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

押収してある普通預金総合口座払戻請求書一通の偽造部分を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和五八年四月一七日の午後一〇時半ころ、東京都江戸川区小松川三丁目六番地小松川神社において、同神社のさい銭箱から、同神社宮司藤本春市管理の現金約五万円を窃取し

第二  昭和五六年七月ころまで勤務していた株式会社ダイトー食品に対し、社内での女性関係などがもとでやめさせられたことについて恨みをいだいていたものであるが、昭和五八年五月七日午後一一時ころ、江戸川区南篠崎町四丁目一四番地所在の株式会社ダイトー食品におもむき、同社一階作業所において、同社への嫌がらせの意図で、同作業所内の小物入れ引出しから同社所有の自動車の鍵三個及び倉庫の鍵一個並びに同社社員柳澤誠一所有の自動車の鍵二個を持ち出して、これを同社から約一二〇メートル離れた道路側溝内に投げ捨て、もって、器物を毀棄し

第三  同年五月一四日の午前一時ころ、江戸川区《番地省略》所在の知人A方において、同人所有の現金四、〇〇〇円位並びに普通預金通帳二通及び印鑑一個(時価一〇〇円位相当)を窃取し

第四 右窃取にかかる預金通帳及び印鑑を利用して預金払戻名下に金員を騙取しようと企て、前同日午前一〇時四〇分ころ、江戸川区江戸川三丁目五二番地所在の江戸川信用金庫今井支店において、行使の目的をもって、ほしいままに、同支店備付けの普通預金総合口座払戻請求書用紙一枚の金額欄に「100000」、氏名欄に「A」、年月日欄に「58 5 14」、口座番号欄に「944662」とそれぞれボールペンで記入し、印鑑欄に前記窃取にかかる「A」と刻してある印鑑を冒捺し、もって他人の印章を使用して権利義務に関する文書であるA作成名義の預金払戻請求書一通を偽造した上、同支店係員高木辰子に対し、これを真正に成立したもののように装い、同様窃取にかかる右A名義の預金通帳とともに提出し行使して、預金一〇万円の払い戻しを請求し、同係員らをして、預金者本人による正当な権限に基づく払戻し請求であるように装って、その旨誤信させ、よって、即時同所において、同係員から、預金払戻し名下に現金一〇万円の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(予備的訴因を認定した理由等)

検察官は、昭和五八年八月一七日付起訴の公訴事実第二につき、主位的訴因として窃盗罪を構成すると主張するが、同罪が成立するためには、犯人が財物に対しいわゆる不法領得の意思、すなわち、権利者を排除して他人のものを自己の所有物としてその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思を有していたことを要すると解されるところ、《証拠省略》によれば、被告人は、前判示のとおり、株式会社ダイトー食品に恨みをいだいていたため会社が車を使用できなくしようとのもっぱら嫌がらせの意図で鍵を持ち出し、その後会社から約一二〇メートル位離れた所で発見されにくいU字型の道路側溝に投棄したものであって、自動車の鍵の経済的用法に従って処分する意思は当初から全くなかった事実が認められ、右認定事実によれば、前記不法領得の意思を欠いており、被告人の右所為は鍵の効用を害したものとして評価するのが相当であるから、予備的訴因たる器物毀棄罪を認定した次第である。

なお、非親告罪として起訴された後にこれが親告罪と判明した場合について起訴の時点では告訴がなかった点をどう考えるべきかについて付言するに、当初から検察官が告訴がないにもかかわらず敢えてあるいはそれを見過ごして親告罪の訴因で起訴したのとは全く異なり、本件のように、訴訟の進展に伴ない訴因変更の手続等によって親告罪として審判すべき事態に至ったときは、その時点で初めて告訴が必要となったにすぎないのであるから、現行法下の訴因制度のもとでは、右時点において有効な告訴があれば訴訟条件の具備につきなんら問題はなく実体裁判をすることができると解する。

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第三の各所為はいずれも刑法二三五条に、判示第二の所為は同法二六一条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第四の所為中有印私文書偽造の点は刑法一五九条一項に、偽造有印私文書行使の点は同法一六一条一項、一五九条一項に、詐欺の点は同法二四六条一項にそれぞれ該当するところ、判示第四の有印私文書偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので同法五四条一項後段、一〇条により結局以上を一罪として最も重い詐欺罪の刑(ただし、短期は偽造有印私文書行使罪の刑による。)で処断することとし、判示第二の罪については所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により最も刑及び犯情の重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし(ただし、短期は判示第四の罪の刑による。)た刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入することとし、押収してある普通預金総合口座払戻請求書一通の偽造部分は判示第四の偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成したもので、なんびとの所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件は、被告人が、多額の借金をかかえていただけでなく、飲食費等にも事欠くようになって、懇意にしていたかつての仕事仲間の家から、同人が不在であることを利用して現金や預金通帳などを盗み出し、預金の払戻しを受けたり、神社からさい銭を盗んだりしたというもので、被害額も決して少なくないのであり、それらの弁償の見込みはなく、また、嫌がらせ目的で会社の業務に欠かせない自動車の鍵を持ち出して投棄したという判示第二の罪も陰湿で、犯情は全体として重いと言わねばならない。しかしながら、判示第二の罪については借金までして打ち込もうとしていた仕事を被告人にとっては納得のいかないままやめさせられたという事情もあり、また、現在の雇主も被告人の面倒をみる旨述べていることや被告人においても本件だけでなくこれまでの生活態度についても深く反省していること等の事情もあるのでこれらを併せ考慮し、量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 長岡哲次)

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